令和2年度11月 京都市温泉観光活性化のための魅力発信事業 京都に温泉?「京都+温泉シンポジウム」 令和2年度11月 京都市温泉観光活性化のための魅力発信事業 京都に温泉?「京都+温泉シンポジウム」

NHK「ブラタモリ」熱海・別府・有馬編案内人松田法子先生が考察!

「京都と温泉」

エッセイ:松田法子

essay

01

京都に温泉?

 2020年11月10日、京都市温泉観光活性化協議会が主催するシンポジウムに参加した。京都で「温泉」とは聞きなれないが、現在協議会を構成している温泉施設には、大原、鞍馬、北白川、嵐山、桂、洛西の大原野、烏丸六角と京都駅近傍、そして伏見の、計17ヶ所があるそうだ。
 温泉法(昭和23年制定)に定義される温泉とは、採取時に摂氏25度以上の温水であるか、または定められた19項目の物質のうちいずれか一つが規定量以上含まれている湧水などを指す。また温泉の泉質は、化学成分の種類や含有量によって10種類に分類される。これらのうち協議会の温泉施設には、単純温泉(12)、塩化物泉(2)、炭酸水素塩泉(1)、含鉄泉(1)、硫黄泉(1)、放射能泉(2)の6種類がある(括弧内は2020年時点の施設数)。閉じる
02

京都の地質と⽔

 地下水が温泉となる大前提は、湧出地や採取地点周辺の地中温度と水質・地質ということになる。京都市の深度100mの地中温度は市庁舎敷地内で 15.6〜17.3℃らしい(平成29 年調べ)。年間を通じて安定した温度で、かつ比較的浅い層(平安時代の標準的な井戸深度は2mくらいだったと考えられている)からも採取できた飲用可能な地下水が、京都の生活文化の向上や都市の長期持続を支えてきた歴史的インフラなのである。
 さてそうすると京都の温泉とは、温度というよりは地下水の含有成分によって主に定義される。京都市内で自噴する鉱泉には例えば、北白川から比叡山の山中町へ向かう谷筋に湧く「おたすけ水」などがある。このあたりの地質は白川石の名で知られる白い花崗岩なのだが(枯山水の白砂も元はこの石だ)、中生代後期白亜紀(1億50万〜6600万年前)に形成されたこれら花崗岩には褐簾石かつれんせきという黒っぽい鉱物も多く含まれている。褐簾石にはセリウムなどの微弱な放射性物質が含まれるので、比叡山から大文字山一帯の地下水や湧水はラドンなどを帯びている。こうした水に人びとが感応して信仰もし、利用してきたというわけだ。
 温泉を含む京都の地下水の供給源は主に、周辺山地への降雨である。京都盆地地下の帯水層(地下水盆)に、琵琶湖にも比肩する水があるとはつとに知られた話だが、その水は時間をかけてひろく山々から集まってくることに思いを馳せよう。そしてこれらの水に、温泉成分となる多種の物質を溶かし込むのは、途方もなく長い時間をかけて形成された石の中の鉱物群だ。
 どんな温泉も、地球の壮大な時間とつながっている。この感覚をつかめば、効能ある温泉の大切さもより身に染みるし、さらには京都の歴史を、平安京からとは言わず、その何万倍にも広げて想像することだってできる。閉じる
03

京の名⽔

 京都では、古来くさぐさの名水や名井を数えてきた。例えば洛中では都七名水や西陣五水、伏見では伏見七名水などがある。上賀茂神社の井戸では大嘗祭の神酒みきである白酒しろき黒酒くろきを醸す水を供してきたという。これら井戸水の成分には微妙な違いがある。例えば伏見の井戸水は、カルシウムやマグネシウムなどミネラルをほどよく含んだ中硬水で、かつ麹菌の生成物質に反応して酒を着色するという鉄分は極端に少ない。京都各地では水の成分のミクロな差と、年間を通じて安定的な地下水温とを活かすことで、酒造、茶道、豆腐や湯葉に麩などの食品、また染物などがつくられ、その質が高められてきた。そこから連続的に考えてみれば、京都の温泉・鉱泉とは、とりわけ個性ある名水の一種ということにもなりうるだろう。逆に言えば、そういう水であってほしい。
 先ほども言ったとおり、これらの水は、何より京都周辺の山林で養われ、育てられる。平安前期頃までは洪水による水の浸透も地下水の補給源だったようだが、現代にそれは大災害になるので、すべてのよい水のためにはまず山を適切にケアする必要がある。林床の下草を育み、山土を保つことで、山は水の涵養域になる。保水力の高い山は大雨の際にも水の急激な流出を低減するから、防災上も重要だ。水と山との深い関係についてシンポジウムでは、賀茂別雷神社(上賀茂神社)の田中安比呂宮司が強調されていた。
 京都の温泉を名泉とするには、京都という伝統都市の歴史に加えて、より長大な地球科学的時間を経てきた、京都地下水盆の個性ある水の性格を認識し、それをどう長期的に育て、大切にしていけるかという環境全般への慈しみがかかわってくる。
 「温泉に入れば自然と人はすべてつながっていることがよくわかるんです」と、藤田恒二郎さん(京都北白川天然ラジウム温泉 えいせん京)も言われていた。閉じる
04

湯の本質

 「湯」の語源は、「」である。斎とは、神聖であることや、清浄であることだ。湯とは、本来そういう意味をもつ。入浴などによって身体の汚れを除き、心身を清潔な状態に保つ。その潔斎の全体が「ユ」なのだ。やはり温泉も、古くは単にユと呼ばれていた。
 シンポジウムで小山薫堂さんは、「湯道」の活動について紹介された。入浴関係の道具のしつらえを含めて湯に向き合う姿勢を整え、湯のなかで万事に感謝の念をもつ主旨もあるらしい。閉じる
05

お湯で京都を楽しむ企画

 小山さんはほかに、「湯祭」というアイディアも披露した。温泉施設のほか市内各地の銭湯も一体に、お湯から京都を楽しんではどうかという提案だ。湯に合う食事も考えたいという。あちこちのお湯を拠点に京都をホッピングするというのは、確かにまだ誰も思いつかなかった京都旅だろう。住民も京都を再発見できるのかもしれない。
 そういえばさいきん、鞍馬口通りの千本と堀川の間あたりを通りかかったら、なんだか賑やかになっていた。このエリアには、船岡温泉と旧藤ノ森湯(現・喫茶さらさ西陣)という文化財級の銭湯建築があるのだが(実際、どちらも国の登録有形文化財になった)、どうも一帯にいい店が増えていた。よい都市施設は地区をよくする。温浴施設は人が最もリラックスする都市施設と言ってよいから、ぶらりとできる近隣地区づくりの核になる可能性は大いにあるのだろう。
 ちなみに「温泉」の名を冠する料理・宿泊部門付きの都市入浴施設は、東京では明治10年代から流行した。お湯は温泉地から取り寄せたり、湯の花で薬湯をつくったりし、都心の外縁に立地することで、山間の清涼な温泉場を連想させる工夫が凝らされたのが、その特徴だった。外国人も訪れていたようだ。京都の船岡温泉については昭和8年に日本で初めて電気風呂を導入し、「特殊船岡温泉」として、当時「温泉」を名乗る許可を受けたという。先日も朝早くからたくさん自転車が停まっていて、賑わっていたようすだ。北白川の藤田さんのお話によると、まずは体を温めるという入浴の基本が、かなり免疫力の向上につながるという。
 『京都御役所向大概覚書』には、1715年当時の洛中に湯屋が58、風呂屋13、居風呂12、塩風呂5、釜風呂8軒があったと記されている。洛外の湯屋・塩風呂・居風呂も別途数え上げられており、さらには伝統ある八瀬の竈風呂かまぶろも16軒計上されている。多種の温浴施設は過去の京都でも栄えていた。なおここで湯屋とは湯に入る形式の入浴施設、風呂とは蒸し湯のことだ。日本の古い入浴施設としては蒸気風呂が一般的で、かつこれには高い治癒効果も期待されていた。なお、なみなみと湯を湛えた浴槽は、温泉場での入浴法が明治期に銭湯へ採り入れられて普及したのである。
 このように長く多様な日本の温浴史にあって、京都には、西本願寺飛雲閣の風呂や妙心寺の「明智風呂」、大徳寺の浴室など、浴場建築史上重要な建物が残されていることにも触れておきたい。閉じる
06

京都と温泉

 このエッセイは、「え、京都に温泉?」という(たぶん大多数の人も思うだろう)素朴な疑問からはじまった。しかし「京都と温泉」といちど口にしてみると、京都の歴史とこれからを、時間的にも空間的にも深い意味で考える鍵ことばのひとつになるかもしれない、ということも、どうやらわかってきた。
 歴史のオーセンティシティ(真正性のこと。世界遺産の定義でも、とても重要な概念)や、特に京都議定書発行以降は環境施策のリーディング都市として世界に名が通ってきた現代の京都市において、温泉をめぐる質の高い場づくりがこれからどのように目指されうるかについても、注目していきたいと思う。

参考
大場修『物語 ものの建築史 風呂の話』鹿島出版会、1986
平野圭祐『京都水ものがたり』淡交社、2003
森雄仁・吉越昭久「井戸遺構からみた平安時代の地下水環境と洪水 —平安京域を中心に—」立命館地理学、第17号、2005
松田法子「近代の保養地形成と都市 —明治十年代の『温泉』をめぐって—」日本建築学会大会学術講演梗概集、日本建築学会、2007  ほか
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シンポジウム参加者

顔写真:小山 薫堂
放送作家・脚本家・
湯道提唱者
小山 薫堂
「料理の鉄人」や「カノッサの屈辱」など、斬新なTV番組を数多く企画し、映画「おくりびと」で第32回日本アカデミー最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語部門賞を獲得。2015年より、現代に生きる日本人が日常の習慣として疑わない「入浴」行為を突き詰め、日本文化へと昇華させるべく「湯道」を提唱。現在、雑誌penにて「湯道百選」を連載中。2020年10月「一般社団法人湯道文化振興会」を創設した。
顔写真:田中 安比呂
世界文化遺産
賀茂別雷神社 宮司
田中 安比呂
昭和17年3月 三重県に生まれる
昭和40年3月 國學院大學神道学専攻科 卒業
4月 明治神宮奉職
平成 9年4月 明治神宮権宮司拝命
平成15年8月 賀茂別雷神社宮司拝命
(第204代)
平成27年7月 公益財団法人
京都古文化保存協会理事長委嘱
[主な役職]日本会議・京都会長、京都府文化財所有者等連絡協議会副理事長、
     (公財)京都市文化観光資源保護財団理事
顔写真:藤田 恒二郎
北白川天然ラジウム温泉
えいせん京 代表取締役
藤田 恒二郎
大学卒業後、(株)四季ファブリックハウスパリ事務所に勤務し、帰国後、(株)藤田トラベルサービスにて添乗と営業を行う。その後に市内の料亭、仕出し屋にて料理修行を行い、35歳から実家が営む北白川天然ラジウム温泉に戻り、2005年から代表取締役に就任。現在は、中立売料理飲食業組合理事長、京都料理飲食業環境衛生同業者組合常任理事も兼任する。2019年度には、楽天トラベルゴールドアワード日本の宿トップ47と京都府第1位のダブル受賞を果たす。
顔写真:松田 法子
京都府立大学院生命
環境科学研究科 准教授
松田 法子
建築史・都市史・領域史。博士後期課程では熱海や別府など日本の近代大規模温泉町の形成史を空間的・社会的側面から研究し、国内外の温泉地や鉱泉水(ミネラルウォーター)のまちの歴史や建築についてもフィールドワークを行ってきた。主著に『絵はがきの別府』(左右社)、編著に『危機と都市-Along the Water』(同)、『熱海温泉誌』(熱海市)など。
シンポジウムの様子

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